アラサー高学歴ニートの軌跡

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【各予備校で解答が割れた問の検証】2019早稲田大学解答速報 国教編

国際教養学部の国語では、大問一問六・問七、大問二問十三で各予備校の正解が割れました。大問一問六・大問二問十三は、正解の根拠が少々希薄であるため本記事の判断が誤っている可能性も十分あることをご留意ください。(2019年2月28日修正)

今年の国際教養学部は、大問一問六で若干の解答の割れ、大問一問七及び大問二問十三で各予備校の判断が完全に割れる結果となりました。

 

目次

大問一問六の検証

 

大問一問六は、柳田の敬語観に合致しないものを5つの選択肢から1つ選ぶ問題でした。「本文中に示される柳田の敬語観」を聞いているので、本文全体の理解が必要となる設問でした。

 

ハを正解としたのは、早稲田予備校。

ニを正解としたのは、河合塾、代ゼミ、東進、増田塾。

 

早稲田大学現代文の解答速報において、早稲田予備校だけが他予備校と違う選択肢を正解としているケースはこれまでも度々ありました。そして多くの場合、明確な根拠を以って早稲田予備校の正解が間違っていると言い切ることができました。しかし、今回は事情が違います。

 

ハが正解である根拠

 

早稲田予備校は、『ハは「上下関係の打破を目指す」が不適切である。』と述べています。確かに、そのような記述は本文にはありません。河合塾は『ハは社会主義の知識に即して考える。』と言っていますが、現代文の読解問題において社会主義の知識を前提としている点はいささか疑問を感じます。社会主義が平等(結果均等)を重んじるものであることは常識です。ただ、ハの「敬語の背景にある上下関係の打破」つまり「人間関係における上下関係の撤廃」を社会主義が目指している、は少々飛躍しすぎだと思います。社会主義に関する詳しい理解を、問題製作者が求めているとは考え難いです。また、本文で柳田は言葉について『「少数者によって急激にされた事には、反動が来る。だから私は、「いつの間に行われたか分からないような変革」に賛成する」』と述べています。本文末尾の『漸進的に日本語がいい方向へ向かうことを柳田は念じていた。』も踏まえると、ハの『社会主義者は、率先して敬語の制限を推進すべきである。』とは明らかに食い違っています。ハは正解と言っていいでしょう。

 

ニが正解である根拠

 

一方、ニを正解とした根拠について河合塾は『ニはこれから「日本語を育てる」ことを重視する論旨からすると、既存の「正しい日本語」を守る趣旨になっている点 が不適切。』と述べています。確かにその通りです。また、本文で「稽古台」という言葉は日本語を育てる上での一つの手段として書かれています。よって、ニの『敬語を正しく学ぶことが稽古台となる』は不適切です。さらに、ニの『正しい日本語を学ぶ』という趣旨の記述も本文に見当たりません。ニの正解も妥当だと思われます。

 

結論:ニが正解か。

 

以上より僕は、ハ・ニ両方が正解だと考えます。しかし、問六の問題文の意味からして、合致しないものが二つあるのはおかしいと言わざるをえません。不適切な出題であり、出題ミスが疑われます。それでもあえて正解を選ぶなら、ニです。ハは確かに不適切ですが、柳田自身の日本語(敬語)を変革すべきという方向性とは合致しています。一方、ニの『正しい日本語を学ぶ』という趣旨の記述は本文に見当たらず、『これから民衆の力で新しい日本語を作っていく』という本文の趣旨とも食い違っています。よって、ニを正解とします。

 

大問一問七の検証

 

大問一問七は、この文章を説明する記述を選ぶ設問でした。本文の趣旨が理解できているかを問う設問です。

 

イを正解としたのは、河合塾、代ゼミ、増田塾。

ニを正解としたのは、東進。

ホを正解としたのは、早稲田予備校。

 

イは、『日本人の戦時中の態度を自ら検討』が、本文第四段落後半の「日本が戦争に負けた理由を明らかにする必要性を説いた」という趣旨の記述に合致する。『その反省のうえに立って』は、本文第三段落末の「敗戦から目を反らさず」という趣旨の記述に合致。以上の記述を前提として、第六段落最終文の『民衆が考える習慣を付ける必要がある』につながっていく。よって、イが正解。

 

ニは『民衆の学習能力を高める方法を模索した』が本文に書いていないため、不正解です。また、3ページ目最初の段落最後に「民衆が生活の中で行う言葉の選択が、日本語の改革につながると期待した」という趣旨の記述があるため、ニの「民衆の生活改善を行い」は誤りです。

 

ホは『柳田国男は、戦後の情報社会の中で日本が強く生き抜くために、土台の日本語を民衆が学習し直すことを推奨した』だが、前後半ともに本文に書かれていないため明らかに不正解です。

 

大問二問十三の検証

 

大問二問十三は本文の内容に合致する選択肢を二つ選ぶ問題でした。本文の趣旨の理解とともに、細部を深いレベルまで理解できているか、が問われています。

 

イ・ロを正解としたのは、早稲田予備校。

イ・ニを正解としたのは、河合塾、増田塾。

ロ・ニを正解としたのは、代ゼミ、東進。

 

見事なまでに判断が分かれました。東進は、この手の紛らわしい設問にはそこそこ強いようです。ただ、本文の解釈の違いによってイの正解やロの不正解も有り得るので僕の見解が間違っている場合もあります。

 

それでも僕は、ロ・ニが正解である確率は非常に高いとみています。

 

ロが正解となる根拠

 

まず、ロは明らかに正解です。河合塾は、『ロが非常に紛らわしいが、空欄yを含む段落の内容に即すと、やや不適切。』と執筆者の苦悩をうかがわせる見解を示しています。空欄yを含む段落だけ読めば、確かにその通りです。空欄yを含む段落と次の段落では、生きていることが耐え難くなった人は世界について悟る(理解する)、と書かれています。しかし、深く考える、とは書かれていません。最終段落では「ほとんどの人は、また普通の世界に戻っていく」とあります。ちなみに、ここでいう普通の世界とは「存在や時間や自由を気にしながらも、きちんと向き合わない環境」です。すなわち、ほとんどの人は存在や時間や自由について深く考えることは有りません。よって、ロが正解となります。ただ、出題者が本文を以上のように解釈した保証はありませんから、ロの不正解はゼロとまでは言い切れません。

 

イが不正解となる根拠

 

イは不正解ですが、非常に紛らわしい選択肢ではあります。本文には「詩人だけでなく、精神療法家にも同じ能力が必要だというのです。」という趣旨の記述があります。しかし、「〜というのです。」はあくまでも「〜と主張している。」に過ぎず、土居氏も当否を明言していません。また、本文にも精神療法家に関する記述はありません。選択肢イは「必要とされる。」と断言しているため、不正解です。ただ、出題者が該当箇所を以上のように解釈した保証はありませんから、イの正解はゼロとまでは言い切れません。

 

ここからは余談です。

 

そもそも、本文冒頭の引用文自体、武井氏が土居氏の文章を引用したものです。しかも、土居氏の文章にさえ『精神療法家にも同じ能力が必要だというのです。』と一体誰が言ったのか不明な記述があります。「もともとはキーツが語ったものだが、」という趣旨の直前の記述から、キーツとは別の人物の発言と思われますが。引用に次ぐ引用という学術的文章としてあまりよろしくない文章が正解の根拠となるのは、さすがに国際教養学部のメンツに関わる事態だと思います。常識的に考えて、正解とはなり難いです。

 

ニが正解となる根拠

 

ニは正解です。哲学者の存在意義について書かれた選択肢なので、本文全体の理解が問われています。空欄aのある段落に、「負の能力こそ、哲学する能力」とあります。空欄xのある段落には、筆者が客観的世界を虚構と証明するために哲学を志したという趣旨の記述があります。以上を踏まえ空欄Aのある段落とその次の段落の記述をまとめると、客観的世界は哲学者である筆者の哲学の力(負の能力)で破壊しうるが、そのためには身体全体の了解も必要であるため負の能力を鍛え上げる必要がある、となります。よって、ニは正解と判断できます。